行列のできるお店に、どのぐらい待てばで中に入れるか?

渋滞学をやっている人に聞いたことがある。

列の最後尾に着いた瞬間から1分間待つ。
(自分より前に並んでいる数÷自分よりに後ろに並ぶ人数)分間、待つ。というのが公式だそうだ。

M/M/1モデルにおいて平均待ち時間は

tw=a/(1-a)tsであるが

単純なケースでは、待ち客数がわかれば、Lq/λでも求められる。
Lq=待ち客数なので、自分が最後尾なら前にいる人間全員が待っている人間全員を数えればよい。

で、平均到着率(λ)は1分後に自分の後ろに並んだ人間を数えれば計算できる。1で割れば、そのまんま1分あたりの到着率となる。
おおー。

AES実装中

一通り組み終わる。

Steteの保持をbyteからcharに変える。javaのbyteだとマイナス符号が勝手に入るのでよろしくない。unsignedがないのね。

ワンパスを実行。ざっくり流してエラーはないが、正解でもない。
暗号化して復号したら、やっぱり暗号文。

暗号化に以前に、鍵拡張がおかしい。

仕様書も書いてないから当然といえば当然。仕様書が書けるタイプのものではないし、作りながら理解していくのが早いと考える。

さあ、ここからが本番だ。

乱数

ns-2ではMRG32k3aという乱数系が使われているとのこと。

コンピュータでサイコロが振れるわけはない。一様にランダムな分布が得られる数式があって、擬似乱数を生成しているのは有名な話。で、たいていの言語にはrandomみたいなライブラリが用意されていている。けど、それってどうよ?という話を聞く。

Linuxのrand関数なんてのはシミュレーションの世界では避けてられているらしい。

まず、乱数の種に日付を入れるのはよくあることだけど、再現性がないのでよろしくない。最低限、何をタネにしたかの記録は必要。ヘンに日付を使っちゃうと、そういうところに意識が行かなくなるぞと。

もうひとつが、周期の問題。乱数の結果を次のタネに使う関係で、いつかは、最初にセットしたタネに戻る可能性がある。ということ。つまり、どこかのタイミングで一周しちゃう。こういった偏りが発生すると乱数の信用性がなくなる。だから、乱数アルゴリズムはちゃんとしたのを使おうよ。だって。

マンガの買い方。

1巻から読まないの。とりあえず最新刊を買から。と、言ったらビックリされた。つまんなかったらそれでおしまいにすればいいかなと。だって、人気があっても最初の頃って面白くなかったりするし。途中から読んでも話がわかるようにできているし。

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山形さんの文章は読みやすい。少しくだけた話し言葉。油断すると、とんでもない方向に脱線する。その振れ幅が気持ちいい。そういえば、結城さんもブログではこんな感じの文章なんだ。心の中ではハッカー口調と呼んでいる。

コンピュータというのはわからない人にはわからない。そのギャップを埋めるピースのひとつになるかもしれない。逆をいえば、わかる人にはわかる。コンピュータの気持ちがわかるという。つまり、相手の身になって考えられるということだ。そうなると、おうおうにして、人の気持ちがわからなくなってくるというジレンマもあるらしい。

車が好きな人は車のことをよく知っている。同じような感覚で、コンピュータのことを理解できる人がいる。わかるというのは、肉体的にわかるということだ。ワードとかエクセルの使い方を知っているという話ではない。

パソコンではなく、コンピュータと書いた。パソコンはコンピュータの部分集合だ。パソコンを知るということはコンピュータを知るということ。車を知ることがエンジンを、内燃機関を知るように。

コンピュータはひとりぼっちだという。暗い箱の中、自分が何をやっているかさえわからず命令されるままに働いている。そういう存在だ。そして、それはつながりを求めている。人や、他のコンピュータと。それがコンピュータの意思だとしたら……。きっとスカイネットとかHALとかとんでもない方向にいっちゃいそうなのでこっちの話はおしまいにしよう。

コンピュータと人とをつなぐもの。かっこつけてマン・マシン・インターフェースなんて呼ぶこともある。わかりやすくいうと、キーボード、マウス、それにモニターなんかのことだ。よく誤解されるけど、こいつらはコンピュータの本体ではない。ノートパソコンなんて一体型だからそう思われやすい。だけど、キーボードに計算なんてできない。ただ、「押されたよ」っていう信号をコンピュータに伝えているだけ。

で、受け取る側は何を押されていたかを理解する必要がある。解釈するためのプログラムをデバイスドライバという。

ずっと目の見えなかった人が手術を受けて、病院のベッドで包帯が取れたとたん「見える!見えるぞ!お、お母さん」とか言ってみんなで抱き合って涙を流す、というような映画やテレビがあるけど、そんなことは実際には起きない。

初めて目に入るものは、単なる色のついた模様でしかないという。人の形を知らない。顔というものを見たことがない。もちろん、触れば包帯だってわかるけど。触ることや、聞くことでしか、外の世界を認識していないからだ。その人は、これから膨大な量の学習によって見える世界を知覚する必要がある。

ちなみに、視覚情報というのは上下さかさまに入力されているらしい。ちょうどピンホールカメラのように。正しく見えるように思えるのは頭の中で上下を補正しているからだ。というのが最近の脳科学の見解だとか。

面白い実験がある。上下さかさまに見えるメガネをかけているとはじめのうちは、とても気持ちの悪い世界が見える。しばらくすると、脳が勝手に補正してあべこべの世界でも正常に見えることになる。もちろんメガネを外しても同じ現象がおこる。

どういうことか。目というからだの機能。ハードウェアは何も変化しない。変化するのは解釈するしくみ。ソフトウェアのほうだ。人間にもデバイスドライバがあって、それは自動的に書き変わる。コンピュータは、自動的に書き変わるなんてマネはできない。誰かが書き換えをしてあげる必要がある。それが人間だったりするわけだけど。

人が視覚で世界を理解するには、大変な学習が必要である。もちろん人はそれを意識はしていない。学習のプロセスは成長の過程で実施されているからだ。デバイスドライバも同様に大変な学習というか、教育のようなものが必要である。だけど、そんなの使う側がする必要はない。どこかの誰かさんが親切で、あるいは仕事で作ってくれているからだ。そういうものがあることを知っていればいい。

知っているか知らないか。ほんとうは、それだけの違いでしかない。デジタルデバイドの正体みたり。

はじめてのパソコン

昔々の話。手ごろな値段の中古ノートをみつけた。ディスプレイはモノクロ4段階。もちろんwindowsなんてまだなかった。

毎日のようにお店のガラスケース越しに眺める。そういえば、ショーケースの向こうのトランペットをうらやましそうに眺める少年というCMがあった。

コンピュータのことはそれなりに知っていた。けど、パソコンで何ができるかなんてよくわかっていなかった。漠然と、何でもできるんじゃないかと思った。

あの頃、誰もパソコンを持っているヤツなんていなかった。相談できる人も、背中を押してくれる人もいなかった。自分で考えて自分で決めた。バイト代を貯めてエイヤで買う。

もし、あのときにパソコンを買わない。という選択をしたらどうなっていたのだろう。うーん。考えるだけで恐ろしい。

共通鍵暗号を組む

好きな言語を使ってよいとのこと。Cはメモリとかいろんなことを考えなくちゃいけないので却下。一番、得意なJavaで挑む。位置づけ的にはプロトタイプなのでこれでよいかなと。1日、2日でできる分量でもないし。

普段使いのJavaとは少し違う。Byte型なんてまず使わない。簡単にStateをあらわすクラスを書く。メッセージで持ちまわすので最後まで弄ることになると思う。全体像をみたくて、勢いにまかせてテキトーに組む。2、3回は作り直さないといけなくなるような予感。

文章を書くためのコツは、毎日、文章を書き続けること。

しばらく書いていないと、書き方を忘れるのだろうか。ヤル気があっても技術がないというのはこうゆう状態を指すのかもしれない。

ゼロから動きだすのは基本ステップからやり直すのが定石。もどかしい。

退院

しばらくは自宅で安静とのこと。社会復帰はしばらくお待ちを。

盲腸@入院中

パソコンメールもスカイプその他。しばらくつかえません。連絡はケータイまで